京都小児科医会 竹内宏一、清沢伸幸
京都市学校医会 長村吉朗、林 鐘声
京都府医師会 柏井真理子、藤田克寿
【はじめに】
今月の4月から、中学1年生(第Ⅲ期)および高校3年生(第Ⅳ期)年齢相当の子どもたちに対して、麻疹ワクチンを5年間の期限限定で定期接種化され公費によるワクチン接種が可能となった。しかし、その接種率は極めて悪く9月の麻疹対策会議の報告では第Ⅲ期が38.8%、第Ⅳ期が29.6%と30%に満たない状況であった。欧米諸国の学校では麻疹ワクチンの2回接種を含めて麻疹に対する免疫があることが入学条件となっており、その結果として高い接種率が維持され、麻疹は撲滅した状態になっている。第Ⅳ期の接種率を向上させるために、進路先である大学、専門・各種学校において麻疹に対する取り組み状況を公開することによって、接種率の向上の手がかりになることを願って今回の調査を企画した。
【対象および方法】
対象は京都府下にある大学、専門・各種学校で、専門・各種学校は高校生が卒業した後、進路先として可能性が高い学校とした。大学は37大学、専門・各種学校は84学校が対象となった。方法は麻疹の取り組みに関する簡単な設問を設けて各大学、学校に郵送した後、はがきにて回収を行った。なお、大学、および医療・福祉系の専門・各種学校については回答期限終了後に1回の督促を行った。
【結果】
37大学のすべて、84の専門・各種学校のうち宛先不明であった3学校を除き、63学校(77.8%)から回答があり、有効回答率は84.0%であった。医療系および福祉に関係する専門・各種学校はすべて回答が得られた。
(1)
麻疹に対する取り組み状況(表1)(図1)
麻疹に対して大学、学校として取り組んでいるかという質問に対して、大学はすべて「はい」であった。その時期としては入学前からが31校(83.8%)で、入学後が6校(16.2%)であった。専門・各種学校では40校(63.5%)が取り組んでおり、入学前からが5校(7.9%)で、入学後が35校(55.6%)であった。医療および福祉系学校に限ると、23校中21校(91.3%)が取り組んでおり、入学前からが4校(17.4%)で、入学後が17校(73.9%)であった。その他の学校では40校中19校(47.5%)が取り組んでおり、入学前からが1校(2.5%)で、入学後が18校(45.0%)であった。なお、無回答の学校は対象となるような生徒がいないということであった。
(2)
麻疹に対する取り組み内容について(表2)(図2)
麻疹に対する取り組みとして、既往歴・予防接種歴調査と麻疹ワクチンの接種指導について質問した。既往歴・予防接種歴調査では大学は無回答の2校を除いた33校(94.3%)が、専門・各種学校では無回答の3校を除いた28校(75.7%)が「はい」の回答であった。専門・各種学校のうち、医療・福祉系学校では18校(85.7%)が、そ
の他の学校では10校(62.5%)が「はい」の回答であった。麻疹ワクチンの接種指導について、大学は無回答の2校を除いた35校すべてが、専門・各種学校では無回答の3校を除いた36校(97.3%)が「はい」の回答であった。専門・各種学校のうち、医療・福祉系学校では21校すべてが、その他の学校では15校(93.8%)が「はい」の回答であった。
(3)
麻疹の既往歴が学業参加条件としているかについて(表3)(図3)
麻疹に対する免疫力の有無が学業(授業、クラブ活動、課外学習、学外実習等)における参加条件としているかということについて質問をした。麻疹に対する免疫力があることが何らかの学業において参加条件としていると回答があったのは大学では無回答の1校を除いた19校(52.8%)が、専門・各種学校では8校(20.0%)であった。専門・各種学校のうち、医療・福祉系学校では8校(38.1%)が、その他の学校ではどの学校も学業参加の条件とはしていなかった。
実際にどの学業について参加条件としているかについて、授業としていたのは大学では京都市立看護短期大学と京都府立医科大学の2校のみで、専門・各種学校では京都歯科医療技術専門学校、京都府看護専修学校、舞鶴医療センター附属専門学校の3校でいずれも医療系の大学や学校であった。他の大学や専門・各種学校では教育実習、海外研修、介護体験、病院実習、施設実習に限られており、多くは学外での実習や見学に関するものであった。
(4)
麻疹の2回接種について(表4)(図4)
麻疹の2回接種の必要性について、「麻疹ワクチンを2回接種していることを希望されますか?」という質問に対して「はい」という回答があったのは、大学では34校(94.4%)が、専門・各種学校では35校(81.4%)であった。専門・各種学校のうち、医療・福祉系学校では19校(87.5%)が、その他の学校では16校(72.7%)が「はい」の回答であった。ただし、この質問はすべての大学、専門・各種学校に対してではなく、麻疹に取り組んでいる大学、専門・各種学校に対する質問の形式なっていたが、取り組んでいないがこの質問に対してだけ回答があったものも含めた。
【考案】
平成19年の春、大学生において麻疹の大流行があり、多くの大学が閉鎖に追い込まれた。私達小児科医はこのような事態が起こることを以前から予測し、世界的には麻疹ワクチンの2回接種が標準となっており、我が国においても麻疹ワクチンの2回接種の必要性を主張してきた。平成18年から1歳時(Ⅰ期)と小学校入学前1年間(Ⅱ期)の計2回接種が定期接種とされ、ようやくとして幼児については世界レベルに到達したが、残された年代もなるべく早期に追加接種すべきと厚生労働省に対して要望を行ってきた。先に触れた高校生や大学生における流行もあって、平成20年からは5年間の移行措置として中学生1年生(Ⅲ期)と高校3年生(Ⅳ期)の年齢相当時に公費による接種が行われることになった。しかし、学業における忙しさもあってか、9月の麻疹対策会議の報告では第Ⅲ期が38.8%、第Ⅳ期は29.6%と30%に満たない状況であった。特に、京都府の接種率の都道府県別順位では第Ⅲ期が26.6%の45位、第Ⅳ期が17.9%の46位と下位に位置しており、早急な接種率向上に向けた対策が必要となっている。
欧米諸国では麻疹ワクチンの接種が学校の入学条件となっており、その結果として高い予防接種率を維持しており、撲滅された状態になっている。平成20年になって9月までに1万人以上の麻疹が発生しており、日本は麻疹の輸出国として揶揄されている。隣国韓国ではすでに麻疹撲滅宣言をしている。
わが国の医療人の一部において麻疹は自然に罹患したほうがいいという意見もある。しかし、麻疹は脳炎等の合併症を併発する危険性が高く、本邦では今年になって8名の脳炎患者が報告されており、発展途上国では栄養状態が悪く、医薬品が不足していることから数万人のこども達が麻疹で死亡している。麻疹は決して罹患してよい病気ではなく、予防が可能なことから、発病させてはいけない病気であることを前提として、麻疹ワクチン2回接種の向上に向けた方策をとるべきである
行政や医療側が麻疹ワクチンの必要性をいくら熱心に呼びかけても、本人や家族が接種の必要性を自覚しない限り、接種率の向上は望めない。最近の流行や脳炎患者の特徴から中高校生、大学生の世代に多いことから、まず、高校3年生年齢相当のこども達の麻疹接種率向上に向けて、進路先と考えられる大学や専門学校、各種学校における麻疹に対する取り組み状況を紹介することによって、一人でも多くが接種するきっかけになることを期待して今回の調査を行った。
調査の結果は京都府下にある37大学のすべて、専門・各種学校では医療・福祉関係の学校からはすべて回答が得ることができ、全体として84.0%の有効回答率であった。
麻疹に対する取り組みは大学が最も高く、ついで、医療・福祉系の学校、その他の学校の順になる。また、取り組む時期も、大学では入学前からが83.8%もみられた。その内容は麻疹の既往歴調査や麻疹ワクチンの接種指導であった。麻疹の免疫力の有無が学業参加の条件として授業と回答があったのは2大学と医療系の3学校に過ぎなかった。多くは学外研修や見学で、教育実習、介護体験、海外留学などであった。一方、医療・福祉系の学校で学業参加条件としない学校が13校(61.9%)もあった。将来、医療界で勤務することは麻疹の感染を受ける機会が多くなるだけでなく、自分が感染した場合、病気の人に感染を広げる危険性があり、個人の問題だけでは終わらない。それゆえ、医療・福祉系の学校では少なくとも病院や施設での実習が始まる前に麻疹に対する免疫力は獲得させておくべきである。
麻疹ワクチンの2回接種は麻疹に対する免疫力を獲得させるのに最も確実な方法である。世界的にみても麻疹の2回接種が標準となっている。しかし、わが国では長く1回接種のみでよしとされてきた。その結果、麻疹の流行時期に育った年代は自然麻疹によって、抵抗力の潜在的な増強がなされていたが、1回接種によって麻疹の流行が少なくなると、潜在的な増強がなされなくなり、時間がたつにつれて免疫力が低下し、昨年からみられるような高校生、大学生における流行が起こった。それゆえ、2回接種が必要なことは自明のことであるが、2回接種を希望しないという大学が2大学(5.6%)、専門・各種学校で8校(18.6%)、医療。福祉系の学校でも2校(9.5%)もあったことは、小児科医として十分な情報提供できなかったことにつきると考える。
今回の調査結果を、京都府下の高等学校に対して、各大学、専門・各種学校の校名を含めて公表することにしている。これは受験生に対して、大学や学校に入ってから麻疹ワクチン接種の必要性を認識させるだけでなく、高校を卒業して進学してから接種するのでは自費になり1万円前後の費用が必要になることを喚起することにもある。できれば、第Ⅳ期の麻疹ワクチン接種を担任だけでなく、学校長、進路指導担当の教諭、養護教諭など学校全体として取り組んでいただくことをお願いしたい。
今回調査対象となった大学、学校においてひとたび麻疹が流行すれば、昨年のように学校を閉鎖しなければならない事態になる。今後、各大学、学校において受け入れ学生、生徒の麻疹に対する免疫力の有無が入学条件とならないまでも、授業を含めた学業参加の条件になることを願う。もし、各大学、学校がそのようになっていけば、第Ⅳ期の麻疹ワクチン接種の必要度が高まり、接種率の向上が期待できる。来年度は現役生のみが定期接種の対象者となるが、再来年度は現役、一浪がその対象者となっており、学業参加条件に加えても、今までとは違い、家族や本人に対する負担は少なくなっている。
この調査は京都府下の大学、学校を対象としたが、第Ⅳ期の麻疹ワクチン接種率向上のためには全国的な調査が必要である。なお、京都の大学や学校は全国から応募があることから、情報提供の依頼があれば応じる予定である。
【まとめ】
京都府下にある大学、専門・各種学校における麻疹に対する取り組み状況について調査を行った。
(1)
37大学すべて、84専門・各種学校のうち63校(有効回答率77.8%)から回答があった。
(2)
麻疹に対する取り組みとして、大学は100%、専門・各種学校では75.7%において取り組んでいた。専門・各種学校のうち、医療・福祉系学校では85.7%、その他の学校では62.5%であった。
(3)
麻疹に対する免疫力の有無が学業(授業、クラブ活動、課外学習、学外実習等)における参加条件としているかということについて大学では52.8%が、専門・各種学校では20.0%で、そのうち、医療・福祉系学校では38.1%にすぎず、その他の学校ではどの学校もなかった。
(4)
麻疹の2回接種の必要性について、大学では94.4%が、専門・各種学校では81.4%で、そのうち、医療・福祉系学校では90.5%が、その他の学校では72.7%が「はい」の回答であった。
これらの結果を、京都府下の高等学校に通知して、学校長、進路指導担当教諭、担任、養護教諭から第Ⅳ期の麻疹ワクチン接種指導の一助にしたい。
【おわりに】
今回の調査に協力いただきました、大学、専門学校、各種学校の学長、校長、学校関係者の方々に厚くお礼申し上げます。なお、学校名の公表は高等学校卒業生の進路先として割合の高い大学、医療・福祉系の学校、進学塾、予備校といたしました。
来年も同様の調査を行いたいと考えています。この調査を繰り返すことによって、大学、専門・各種学校における麻疹に対する取り組みの向上を願うとともに、各高等学校にその調査結果をフィードバックすることによって、第Ⅳ期の麻疹ワクチン接種率の向上に努めたいと考えています。来年もご協力よろしくお願いします。
【参考資料】アンケートの内容